神の手と仏の手
一昨日のブログ(神の手とワールドカップ)で取り上げた事件ですが、騒動はいよいよ大きくなっています。
元祖「神の手」のマラドーナとは違って、プレースタイルや言動面から「優等生」と思われていたアンリだけにこの騒動は本当に大きなマイナスでしょう。
かと言って、本当に彼の責任なんでしょうか。ワールドカップ出場がかかったあの場面で自分からハンドの申告をする選手は皆無に近いと思います。しかも、故意ではないことは映像からも明らかですからね。見逃してしまったレフェリーの責任が非常に重いと思います。
しかし、そのレフェリーも大変なことに…。
本当にただの「雲隠れ」であることを切に願います。審判だって人間ですから、間違いはあります。
またフットボールが最大のエンタテイメントであるヨーロッパでは、この騒動は国際政治の舞台にまで飛び火しています。
フランスのサルコジ大統領が、アイルランドのカウエン首相に直接謝罪したそうですが、「私がどれだけ申し訳なく思っているか、カウエン首相に伝えた。ただし私は審判でも、フランスサッカー協会でも、欧州連盟でもない。私の立場を分かってほしい」というサルコジ大統領のコメントもうなずけます。FIFAはフットボールへの政治的介入を厳禁としていますから、一国の大統領が何か出来るわけではないのです。
恐らく心情的には世界中の多くの人々がアンリ自身と同じように、「再戦」が一番フェアな決着方法だと思っているんじゃないでしょうか。
しかし、FIFAの声明はルール通りのものでした。
「試合の結果は変わらず、再戦は行わない。競技規則に記載されているように、試合中の主審の判定が最終的なもの」
これだけ世界中の批判を浴びながらも、原理原則を曲げないFIFA。ビデオ判定に消極的なことも加えて、やはりフットボールとはそういうスポーツなのでしょう。
それにしても、「神の手」と「仏(フランス)をもじって「仏の手」という造語を生んだ人は天才ですね。ま、日本語としてしか通用しませんが。
